
ハルデザインコンサルティング株式会社
代表取締役社長兼CEO
宮崎 晴人
HARU MIYAZAKI
ブランド戦略コンサルタント。主な専門分野は企業、商品、人材、CSR、IR。「ブランドによる経営課題の解決」がテーマ。米国シアトルの高校卒業後、慶應義塾大学環境情報学部卒業。1999年にハルデザインコンサルティング株式会社を設立。
【ブランド戦略の威力 vol.16】
値下げ競争に勝者はいるのか?
世の中は今、金融危機による影響の話題で持ち切りのようです。
米年末商戦が順調な滑り出しだったことが、唯一のグッドニュース。他は、毎日のように減産、撤退、解雇といった話が聞こえて来ます。
その中で、近頃良く目にする言葉が『値下げ』です。
値下げ競争は、賢い戦略なのか。勝者はいるのか。
今回は、売上が伸び悩む中で、『値下げ』戦略が有効なのかを考えたいと思います。
海外高級ブランド最大手のルイヴィトン。
円高・ユーロ安という名目で、平均7%の値下げを発表しました。海外高級ブランドは、ここに来て日本国内の売上を大きく落としています。2008年のルイヴィトンの業績は、すでに前年比マイナスの傾向。リーマンブラザーズの破綻で、金融危機が本格化した今年の秋以前から、減収の兆候が現れていたのです。すでにフェラガモ、カルティエといった老舗ブランドが10%の値下げを発表しており、ブランドの威厳を傷つけずに、何とか『値下げ』で巻き返しを図ろうという作戦も見え隠れします。
国内の百貨店、スーパーも値下げ作戦に参加しています。
高島屋は、円高還元という名目で輸入衣料品を最大で20%値下げする方針を打ち出しました。西友も、競合店のチラシを持ち込めば値引きするキャンペーンを開始。イオンやイトーヨーカ堂も、値引き対象品目を大幅に広げて、価格志向の強い顧客を囲い込もうとしています。いつしかのダイエーが辿った道が思い起こされるような状況です。
値下げは賢い戦略なのか。それとも自爆なのか。
冷え込んだ消費マインドを掘り起こすには、価格志向に訴えることが最もシンプルです。特に、今回の金融危機のように、突発的かつ急速な消費意欲の減退局面では、当面のキャッシュフローを確保するためにはやむを得ない手段でしょう。しかし、この作戦はあくまでも短期でなければなりません。『値下げ戦略』と『低価格戦略』は、別物です。ユニクロやH&Mのように、低価格を武器にこの時期に拡大できる理由は、ビジネスの構造自体が低価格に耐えられるように設計されており、それでも莫大な利益を生み出すことができるからに他なりません。そのような構造を持っていない企業が、長期的に値下げを行った場合、財務体質を悪化させることは、誰の目にも明らかです。
現在の消費マインドは、いわば弱気の方向にオーバーシュートしている状況です。私たちの給料は大幅に下がったでしょうか?私たちの会社は危機的な状況でしょうか?いいえ、実際にそれほど大きな変化は起こっていないはずです。しかし、人の心理は大きな流れに巻かれ易い性質があります。だから、トレンドができたり、マーケティングが可能になったりするのです。現在は、明らかに弱気トレンドであり、自分の身に危機的なことが起きていないのに、漠然と将来に対して不安が広がり、大勢の人がこの弱気トレンドに乗っていた方が、かえって『安心』という、不思議な状況になっています。したがって、このオーバーシュート気味の弱きトレンドは、どこかの時点で改善されると考えられます。
明らかに言えることは、弱気トレンドはメガトレンドではない、ということです。
世界経済が下降している間は弱気でも、下降にメドが出て来た時点でオーバーシュートした心理は改善し始めます。こうなると、価格一辺倒の競争から、再び付加価値の戦いにステージが変わって来ます。付加価値とは、前回の記事でご紹介した通り、『デザイン』、『健康』、『美容』、『長寿』、『生き甲斐』といった、メガトレンドのことです。
もし、値下げ戦略で利幅が縮小し、財務体質が悪くなった状況で、今度は付加価値創造のために資金が必要となった場合、どうなるでしょう。これこそ自爆への道と言えます。
このような局面で、最も強いのは、キャッシュがある会社です。
例えば、来年は2割縮小すると言われる携帯電話市場で、NTTドコモが、KDDIやソフトバンクからあれほど攻められながら健在している理由の一つには、現金が約1兆3000億円(2008年3月末時点で売掛金含む)に対して、借り入れがわずか約4700億円であり、毎年キャッシュは増加し、有利子負債は減少するという、好財務体質に支えられているからです。(KDDIは、2008年3月末時点で現金+売掛金約5200億円、有利子負債約5700億円)
同様に、新興のマンションデベロッパーや不動産会社が姿を消す中で、大手デベロッパーや大手建設会社が危機的な状況という話を聞かない理由は、潤沢なキャッシュがあり、短期的な弱気トレンドを乗り越える体力があるからでしょう。一般に、レバレッジを利かせ過ぎる新興企業は、キャッシュがショートしやすい体質を持っています。
このように、キャッシュが潤沢にあり、財務体質が良いならば、短期的な値下げで利幅を縮めてでも売上を確保する方法は、弱気トレンドの中で有効であると言えます。
他方、キャッシュが不足しているにもかかわらず世の中のムードで安売りを仕掛けたり、値下げ作戦をそのまま長期的な戦略に置き換える方法は、一つ間違えると破滅につながる可能性があります。ビジネス構造を低価格戦略に耐えうる形に変革するならば別です。が、行き当たりばったりに価格志向に訴える方法は、賢い方法とは言えないでしょう。
次回は、どのようなビジネスなら値下げ圧力から逃れられるのか、を考えてみたいと思います。


