
ハルデザインコンサルティング株式会社
代表取締役社長兼CEO
宮崎 晴人
HARU MIYAZAKI
ブランド戦略コンサルタント。主な専門分野は企業、商品、人材、CSR、IR。「ブランドによる経営課題の解決」がテーマ。米国シアトルの高校卒業後、慶應義塾大学環境情報学部卒業。1999年にハルデザインコンサルティング株式会社を設立。
【経営課題とブランド戦略 vol.14】
視点による価値創造をどう進めるのか
健康エコナのヒットは、花王の事業戦略に大きな可能性をつくりました。
それは、新たな収益源を得たというだけでなく、『花王=健康』というブランド・イメージを確立することに成功したからです。その後に投入された、健康エコナ マヨネーズタイプ、健康エコナクッキングオイル、ヘルシア緑茶は、このブランド・イメージを最大限に活用したものです。しかし、もっと驚くべきことは、この健康エコナ誕生のきっかけとなったのが、全く別の部門である工業用品の研究だということです。工業用の油を研究しているうちに、消費者向け健康油の製品化に成功した。まさに、技術と発想を組み合わせた、『視点による価値創造』が実現された瞬間です。
視点による価値創造は、どのようにして起こるのか。今回は、優れた技術を持つ日本企業にとって、今、最も必要とされる着眼点について考えたいと思います。
技術と発想を組み合わせて誕生した、花王の健康エコナ。
工業用油の研究の過程で発見したとはいえ、それを消費者向け製品に活かすとは、相当な発想力が必要です。しかし、この『発想力』とは、明らかに技術的な発想力ではありません。技術的な発想力であれば、工業用油を産業界を越えて消費者用に使おうという考えも浮かばないでしょう。では、どのような発想力なのでしょうか。
それは、マーケットの視点に基づく発想です。
『視点による価値創造』とは、マーケットの『視点』です。近年、顧客視点が重要であると叫ばれていますが、顧客の目線で考えることは間違いなく重要です。しかし、上の事例を見る限りでは、単に顧客視点を意識するのであれば、産業界の顧客に限定してしまい、健康エコナが消費者向けの製品として誕生する理由は説明できません。このことが示すように、顧客視点の重要性は変わらないものの、視点による価値創造を行うには、より広い視点、つまりマーケットの視点が必要であることがわかります。
では、マーケットの視点とは、どのように開発するのか。
IBMを再建した人物として有名な、ルイス・ガースナー氏。90年代前半に瀕死のIBMを立て直した方法は、サービス事業の強化でした。それまでのIBMは、世界一のスパコンに代表される技術力が価値創造の源泉でしたが、急速な日本の技術力の台頭により、従来のような競争優位を維持できない状況に陥っていました。一方、時代は、企業運営においてITが根幹となるにつれ、技術の単品販売ではなく、より経営視点から見た総合的なサービスを求めるようになります。ルイス・ガースナー氏は、このトレンドを読み、ハードのIBMを、サービスのIBMへと進化させて行きました。ガースナー氏が作ったこの流れは、今日のIBMでも健在であり、様々な分野でのコンサルティングを用いた上流過程からアプローチ手法は、今やIBMのブランド・アイデンティティとなっています。
昨年の12月に、日本HPの社長に就任した小出伸一氏も、ルイス・ガースナー氏の手法を評価し、「顧客が経営やビジネスに困ったとき、最初に相談してみようと思われる戦略的パートナーになりたい」と話していることからも、ガースナー氏は誰よりも早くマーケット・ニーズを読んだことが分かります。
このことが示すように、マーケットの視点を開発するには、まず、トレンドを読むことです。
時代はどう進むのか。企業や消費者のニーズは、どのような傾向があるのか。特に、世界中で起きているメガトレンドは、最重要トレンドであると言って良いでしょう。健康エコナにおける『健康トレンド』や、IBMにおける『経営戦略トレンド』も、どちらもメガトレンドです。トレンドは、マーケットに影響を及ぼし、マーケットは顧客に影響を与えます。したがって、顧客視点は重要ですが、同時にそれは今現在のニーズを切り取った形であると割り切り、大きな時代の流れの中で先手を打つには、より広い視点が必要です。
例えば、BtoB企業の場合、日本が持つ高度な技術力に、経営戦略相談のような知的サービスを合体させることにより、世界が求める上流アプローチが可能になります。優れた技術であっても、それは一つのアウトプットに過ぎず、時代はより本質的な課題を相談できる戦略バートナーを求めています。顧客が、自社の技術に興味を抱くまで待っているのか、それとも、顧客と経営視点を共有しながら課題を解決し、その過程で自社の技術を導入するのかでは、大きな違いが生まれます。
このようなアプローチは、顧客の本質的課題とダイレクトに接するため、『視点』が磨かれ、次のマーケット・ニーズを予測することにも貢献します。また、仮に将来、中国やインドといった新興国が日本と同等な技術力を持ったとしても、日本が経営視点から解決するインテリジェンスを蓄積するのであれば、脅威にさらされたり、真っ向から競争することは避けられるでしょう。今現在の競争力を強化する上でも、また、将来の競争力を維持する上でも、有効であると言えます。
「日本は欧米に並んだ」と言う人もいます。『技術による価値創造』は、その通りでしょう。しかし、一歩進んで『視点による価値創造』においても並んだのか、と言うと、この点においては私たちは全く歩き始めたばかりと言えます。ビジネスにおいてトレンドを読むことが重要なのであれば、新しい価値創造のトレンドも、必ず日本に訪れることでしょう。


